【書評】食と文化の謎

インドで考えた
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この本を読もうと思ったきっかけ

このブログはインドで生活している筆者が、主にインドに関連したことを書いていますが、インドを語るうえで「宗教」は避けて通れません

そしてインドといえば、ヒンドゥー教です。牛を神聖な動物として、牛肉を食さないことはご存じでしょう。この本は「なぜヒンドゥー教では牛を食べることを禁じているのか」への理解を深めるために読みました。

総合評価

⭐⭐⭐⭐⭐(5/5)

本書の概要

目次:

  • プロローグ 食べ物の謎
  • 第1章 肉が欲しい
  • 第2章 牛は神様
  • 第3章 おぞましき豚
  • 第4章 馬は乗るものか、食べるものか
  • 第5章 牛肉出世物語
  • 第6章 ミルク・ゴクゴク派と飲むとゴロゴロ派
  • 第7章 昆虫栄養学
  • 第8章 ペットに食欲を感じるとき
  • 第9章 人肉食の原価計算
  • エピローグ 最後の謎

食肉に対する欲求

この本では、第1章「肉が欲しい」で述べられているように、人間にとってアミノ酸が必須であり、そのためにはたんぱく質が必要であり、さらにそのたんぱく質を効率的に摂取するには肉が最適であるという点を前提とします。そういった本能的な背景もあり、世界の地域・民族・文明を問わず、古代から肉をどうやって確保するかが日常生活の大きなテーマとなってきたことを、具体的な例を使って説明します。

宗教と食肉

それにもかかわらず、肉の消費には文化による違いがあり、特に宗教によって特定の肉を避ける習慣があることに注目します。

その具体的な事例として、第2章「牛は神様」、第3章「おぞましき豚」にフォーカスし、なぜヒンドゥー教では牛が神聖視され、なぜイスラム教では豚が不浄とされるのか、その理由を掘り下げていきます。

食は文化と密接に結びついており、宗教はその中でも重要な役割を果たしています。特定の食材を避ける宗教的な戒律は、単なる信仰の問題ではなく、社会や環境と深く関係しています。

ヒンドゥー教で牛を食べない理由

ヒンドゥー教では牛が神聖視されていますが、その背景には経済的・環境的な要因が存在します。古代インドにおいて、牛は農耕や運搬に欠かせない労働力であり、また乳を供給する貴重な家畜でした。食料が限られている状況で、牛を屠殺してしまうよりも、生かして利用する方が圧倒的にメリットがありました。そのため、社会全体として牛を保護する必要があり、宗教を通じて神聖な存在とすることで、その習慣を広く定着させたと考えられます。

こうした「食べるべきか、それとも生かして利用すべきか」という経済的な判断は、おそらく世界共通のものです。ただ、インドではその対象が牛だったのです。なぜ牛なのか——本書では、その理由としてインドの気候や風土が関係していると述べています。

インドでよく見かける、背中に大きなこぶのある牛をご存じでしょうか。

この種の牛は非常に丈夫で、酷暑の中でも鋤を引くことができ、ごくわずかな餌でも生き延びることができます。そのおかげで、インドの農作物の生産性が大きく向上しました。これは、例えば豚には期待できないことだったかもしれませんね。

現在、世界で飼育されている家畜牛は大きく2系統に分けられる。1つはヨーロッパおよびアジア北部をその源とするコブ無し家畜牛の系統であり、もう1つの系統がこのコブウシの系統である。コブウシは耐暑性があり、熱帯性の病気や害虫に対する抵抗力が強いため、家畜化された南アジアから、東南アジア・西アジア・アフリカなどの高温地域に導入された
出典:Wikipedia

イスラム教で豚を食べない理由

一方、イスラム教では豚が不浄とされており、その背景には砂漠地帯における資源の問題が関係しています。イスラム教が生まれた中東地域では、穀物が不足しがちでした。豚は人間と同じく雑食性であり、特に人間が必要とする小麦などの穀物を消費するため、貴重な食料資源を奪う存在となっていました。一方で、牛や羊は人間が食べられない草や木の皮を食べるため、食物の競合が発生しません。インドでも多くのイスラム教徒が暮らしていますが、彼らの居住エリアに行くと牛や羊を提供する多くのレストランがあります。こうした実利的な理由から、豚の飼育を避ける習慣が生まれ、宗教的な戒律として定着したと考えられます。

つまり、その食料(になりうるもの)を生産・獲得するのに必要なコストと、それを食べることによるベネフィット(他の食料を生産しないで済むといったこと)を天秤に掛け、コスト・ベネフィットの帳尻が合うものは食べられるし、そうでないものは食べられないのだというのです。

本書の魅力

ここでは、私が主に興味があった、インドおよび宗教に関連する内容を抜粋しましたが、この本の魅力は、食文化を単なる習慣としてではなく、歴史や環境、経済との関わりの中で分析している点にあります。

さらに、難しい専門用語はあまり使われておらず、親しみやすい語り口で書かれているので、非常に読みやすいです。実例が豊富に紹介されており、「なるほど、こういう背景があったのか!」と納得しながら読み進めることができます。また、具体的なエピソードが織り交ぜられているため、単なる学術的な議論にとどまらず、実生活と結びつけて理解しやすい点も魅力です。

もちろん、この本に書いてある内容は、例えば、ヒンドゥー教が牛を食べない理由のすべてではないとは思いますが、私個人の「宗教は人々が生活するための生活規範である」という考えと一致する部分が多く、非常に興味深く読むことができました。ただ、唯一の欠点として、翻訳があまりよくなく、文章が直感的に理解しにくい箇所がある点が気になりました。そのため、読んでいて少し引っかかる部分があったのも事実です。

読後の感想

本書を読んで、普段何気なく口にしている食べ物が、文化や歴史、さらには宗教的な価値観と密接に結びついていることを改めて実感すると同時に、「ベジタリアン・ノンベジタリアン」「牛を食べない」という、インドで生活していると身の回りに当たり前に存在する事象に対する理解を深めることができました。

特に、肉食に関するタブーが単なる宗教的信仰の問題ではなく、環境や経済の影響を受けて形成されてきたという点を再確認できます。また、現代のグローバル化が進む中で、こうした文化的背景を知ることが、異文化理解において非常に重要です。

まとめ

『食と文化の謎』は、食を通じて世界の多様な価値観や文化の成り立ちを学べる一冊です。

インドに限らず、異文化を学ぶのが好きな方には特におすすめしたいです。この記事を読んで、少しでも本書に興味を持っていただけたら嬉しいです!

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