ベジ・ノンベジとは?
インドについてある程度ご存じの方であれば、「ベジ(ベジタリアン)」と「ノンベジ(ノンベジタリアン)」という言葉を耳にしたことがあるとおもいます。インドの食文化において、この区別は極めて重要であり、単なる食の嗜好にとどまらず、宗教や文化、生活習慣と深く結びついています。
また、インド駐在員や出張で訪れた方の中には、現地在住者からお土産の選択に注意するよう言われた経験があるかもしれません。特にベジタリアンの方への配慮が求められ、動物由来の成分を含まない食品を選ぶことが重要です。例えば、日本からの出張者が羽田や成田で購入する定番のお土産の一つに「白い恋人」がありますが、卵が使われているためベジタリアンの方は食べることができません。一方、海外のお土産として人気のヨックモックは、インド市場向けに卵不使用の「シガール」を販売するほど、ベジタリアン需要を意識しています。
本記事では、インドの日常生活におけるベジ・ノンベジの区別、インドにベジタリアンが多い背景、さらにベジタリアンの種類について詳しく解説していきます。
ビジュアルで見るベジ・ノンベジの違い
まずは、ベジ・ノンベジに関連する写真をいくつか紹介したいと思います。インドでは、ベジ・ノンベジの区別が明確にされており、日常のあらゆる場面でこの違いを目にすることができます。
スーパーマーケットでのパッケージ表示
インドで販売されている食品のパッケージには、ベジかノンベジかを示すマークが必ず印刷されています。
✅ 緑色の四角に丸が入ったマーク → ベジ
✅ 赤色の四角に丸が入ったマーク → ノンベジ

これは、FSSAI (Food Safety and Standards Authority of India=インド食品安全基準局) という食に関する法規制を管理する政府機関によって明確にルール化されており、すべての食品に表示が義務付けられています。



レストランや食堂での表示
多くのレストランでは、メニューに 緑色のマーク(ベジ)と赤色のマーク(ノンベジ) が付けられており、一目でどちらの料理かが分かるようになっています。
また、「Pure Vegetarian」と表記されたベジタリアンメニューしか提供しないレストランも珍しくありません。
カウンターの分離
ファーストフード店や食堂では、ベジ用のカウンターとノンベジ用のカウンターが分かれていることがあります。特に鉄道駅や空港などの公共交通機関や、大学のキャンパス内などでは、こうした配慮がなされています。
例えば、以下の写真はバンガロール空港にあるサブウェイです。カウンターがベジ(緑)とノンベジ(赤)に分かれています。



フードデリバリーアプリ
フードデリバリーアプリでは、商品にベジ・ノンベジマークが表示されるだけでなく、ベジタリアンのユーザー向けにベジ商品のみを表示する設定も可能です。
例えば、以下はインドの最大手フードデリバリーサービス Zomato のスクリーンショットです。(日本でいう Uber Eats のようなサービスです。)


ベジタリアンの基礎知識
ベジタリアンの種類
一口に「ベジタリアン」といっても、その種類には細かい分類があり、各人が異なる基準を持っています。以下に代表的なタイプを挙げます。
- ラクト・ベジタリアン(Lacto-Vegetarian):乳製品(牛乳、チーズ、ヨーグルトなど)は摂取するが、卵や肉類は食べない。
- ラクト・オボ・ベジタリアン(Lacto-Ovo-Vegetarian):乳製品に加え、卵も食べるが、肉や魚は食べない。
- ヴィーガン(Vegan):動物由来の食品を一切摂取しない完全菜食主義者。
- フレキシタリアン(Flexitarian):基本的にはベジタリアンだが、特定の状況では肉や魚を食べる。
このように、インドのベジタリアン文化は単なる「肉を食べない」という概念を超え、多様な形態で存在しています。
地域による違い
以下の地図は、州別のベジタリアン率を示したものです。緑色が濃いほどベジタリアン率が高く、赤色が濃いほどノンベジタリアン率が高いことを表しています。
Map of Vegetarians in India
byu/dphayteeyl inMapPorn
特にベジタリアン率が高いのは、以下の州です。
- ラジャスタン州(75%)
- ハリヤナ州(70%)
- パンジャーブ州(67%)
- グジャラート州(61%)
一方、全体的な傾向として、南インドほどノンベジタリアン率が高くなる傾向があります。また、海に面した州ではノンベジ率が高い傾向があり、これはシーフードの消費が影響していると考えられます。
例えば、全州の中で特にノンベジ率が高い西ベンガル州(ベジタリアン率1.4%)は、魚をよく食べる州として有名です。
地図を見ると、ベジタリアン率の高い州のうち、グジャラート州を除くすべてが内陸の州であることが分かります。これは偶然ではなく、地理や文化の影響を受けていると考えられます。
また、地図上で右上の地域に位置する「セブン・シスターズ」と呼ばれる北東部の州は、文化的にヒンドゥー教徒が少なく、食文化もミャンマーなどに近い傾向があります。そのため、このエリアでは、インドの他の州ではあまり食べられない豚肉を食べる文化が根付いています。
詳しくは別記事「インド宗教についてデータと主観でまとめてみた」の「キリスト教が多数派を占めるエリア」をご参照ください。
インドにベジタリアンが多い背景
インドでベジタリアンの割合が多い理由は、主に宗教的な影響によるものです。
ヒンドゥー教の影響
ヒンドゥー教では、アヒンサー(非暴力)の概念が重要視されており、動物を殺さないことが徳とされています。この思想はヒンドゥー教の聖典にも記されており、特に牛は神聖視されるため、肉を食べることが禁じられることが多いです。
また、動物を殺すことがカルマ(業)に影響を与えると考えられており、魂の浄化のためにベジタリアンの食生活を選ぶ人もいます。そのため、ヒンドゥー教徒の中でも特に敬虔な人々は、肉や魚を食べない傾向があります。
特に、ジャイナ教徒やバラモン(司祭階級)のヒンドゥー教徒は完全なベジタリアンであることが多いです。
仏教とジャイナ教の影響
✅ ジャイナ教の影響
ジャイナ教では、徹底した非暴力主義が貫かれており、肉や魚だけでなく、根菜類(ジャガイモやタマネギなど)を食べない人もいます。これは、根菜を掘る際に土中の微生物を殺してしまう可能性があるためです。
✅ 仏教の影響
仏教においても、非暴力の教えが根付いており、特に上座部仏教では肉食が厳しく制限されています。ただし、インドにおける仏教徒の数は限られているため、全体的な影響は比較的少ないといえます。
インドにベジタリアンが多い本当の理由とは?
インドにベジタリアンが多いのは、宗教的な理由だけではなく、地理的・気候的な要因も大きく関係していると考えます。むしろ、地理的・気候的な要因が食生活に影響を与え、ベジタリアンを是とする宗教が生まれたという因果関係の方が正しいと考えています。
乾燥地帯=ベジタリアン率が高い
ベジタリアンが多い地域として知られるラジャスタン州やグジャラート州は、乾燥した気候で作物の栽培が難しい地域です。このような環境では、家畜を育てるための穀物を直接人間が食べる方が効率的であり、自然と菜食中心の食文化が発展しました。
よく知られているように、肉を直接食べるより、その肉を生み出すために必要な植物を食べた方が、より多くのカロリーを摂取できるため、限られた資源を有効活用するためにベジタリアンの割合が高くなったと考えられます。
この点は、以前の記事「ヒンドゥー教徒はなぜ牛を食べないのか?」で述べた内容とも共通する部分があります。
実際にGoogleマップの衛星写真で地図を見てみると、ラジャスタン州やグジャラート州が乾燥地帯であることがよく分かります。

https://www.reddit.com/r/kolkata/comments/1b5d8w8/map_of_vegetarians_in_india/
https://maps.app.goo.gl/HDrsG8vdVHjQx1qA6
私自身、ラジャスタン州のパキスタン寄りにあるジャイサルメールを旅行したことがありますが、郊外の砂丘をラクダで訪れるツアーが人気のアクティビティになっているほど、乾燥した土地が広がっていました。

地理的・気候的な要因が食生活や宗教に影響を与える
一般的に、生活環境が厳しい砂漠地帯では、宗教的な戒律が厳しくなる傾向があります。
例えば、イスラム教を例に挙げると、同じイスラム教であっても、サウジアラビアなどでは飲酒が厳しく禁止されていますが、同じイスラム教国でもインドネシアではコンビニでお酒が販売されており、飲酒をするイスラム教徒も珍しくありません。
これと同様に、インドの乾燥地帯に住む人々の間では、厳格なベジタリアンの信仰が定着しているのかもしれません。
このブログでも繰り返し述べてきましたが、私は宗教はその土地の特性に合った生活を送るための生活規範として発展してきたと考えています。
食料の入手しやすさがベジタリアン比率を左右する
ベジタリアン・ノンベジタリアンの比率は、単純に食物がどれだけ手に入りやすいかという要素が最も説明力が高いと私は考えています。
州別のベジタリアン率を見ると、南に行くほど低くなる傾向がありますが、これは温暖な地域では食料が豊富に手に入るため、動物を育てるための食料にも余裕があることと関係していると考えられます。
また、沿岸部では魚が手に入りやすいため、ノンベジタリアンの割合が高くなるのも自然な流れです。
これらの点が、同じヒンドゥー教徒であってもベジタリアン率が大きく異なる理由だと考えています。
まとめ
インドのベジタリアン文化は、宗教的な価値観だけでなく、地理や気候、食料事情といった多様な要因によって形成されています。
北部や内陸部では、農業環境の影響から菜食中心の食文化が発展し、それがヒンドゥー教やジャイナ教の価値観と結びつきました。一方で、南インドや沿岸部では食料が豊富で、ノンベジ文化が広がっています。
つまり、宗教だけでなく「何を食べやすい環境なのか」も、食文化を決める大きな要因なのです。同じヒンドゥー教徒でも、地域によって食習慣が異なるのはこのためでしょう。