子供が読んでいた”The Junior Age” (https://thejuniorage.com/)という、子供向けの英字コンテンツで、こんな記事を見ました。

インドにおけるエアラインのパイロットの15%が女性だという記事です。これは直感的に考えても、かなり高い割合ではないでしょうか? 実際、記事によると世界平均は5% であり、日本についてはさまざまなソースを調べましたが、概ね1~2%にとどまっています。
一般的な印象として、「インドでは女性の社会的立場が弱い」と認識している方が多いのではないでしょうか? また、普段のニュースやインド在住者の感覚からも、インドにおける女性の社会進出は他国と比較して非常に遅れていると感じることが多いです。
インドには今もなお多くの女性差別的な慣習が残っています。その一例として、結婚時に新婦側の家族が新郎側の家族へ贈り物をする「ダウリー(持参金)」という風習があります。現在では法的に禁止されているものの、特に農村部では根強く残っているのが実情です。このような女性差別的な慣習は、女児を敬遠する意識につながり、結果として約1,000人の男性に対し約940人の女性しかいないという、人口構成の歪みを生んでいます。
この辺りは、以下で詳しく書きましたのでご参照ください。
そこで今回は、インドの女性の社会進出について、データを交えながら掘り下げていきたいと思います。
女性の労働力率について
インドにおける女性の社会進出を考えるうえで、まずは統計データを見てみましょう。労働力率(働いている人と完全失業者の人数を人口で割った割合)は、その一つの重要な指標となります。
以下の表は、各国における**女性の労働力率(15歳以上の人口に占める割合)**を示したものです。
国名 | 女性労働力率 (%) | データ年 |
---|---|---|
ベトナム | 68.2 | 2021 |
シンガポール | 63.9 | 2021 |
中国 | 60.5 | 2019 |
タイ | 59.2 | 2021 |
イギリス | 58.5 | 2019 |
アメリカ | 56.1 | 2021 |
ドイツ | 55.5 | 2021 |
マレーシア | 55.3 | 2020 |
香港 | 54.2 | 2021 |
韓国 | 53.7 | 2021 |
日本 | 53.5 | 2021 |
UAE | 52.6 | 2021 |
インドネシア | 52.0 | 2021 |
台湾 | 51.4 | 2020 |
ミャンマー | 45.6 | 2020 |
フィリピン | 44.1 | 2021 |
インド | 24.0 | 2019 |
サウジアラビア | 22.1 | 2019 |
データの出典は**国際労働機関(ILO)**です。
インドの女性労働力率は24.0%(2019年)であり、比較対象国の中でも特に低い水準にあります。驚くことに、サウジアラビア(22.1%)とほぼ同程度であることが分かります。
女性の労働力率が低い理由
女性の労働力率が低い背景には、宗教や文化の影響が大きく関係しています。特に、インドの人口の約80%が信仰するヒンドゥー教は、女性の役割に対して強い価値観を持っています。
ヒンドゥー教の古典である**『マヌ法典』や、叙事詩である『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』では、女性は家庭を守り、家族を支えるべき存在として描かれています。こうした伝統的な価値観**は、現代のインド社会においても根強く残っています。
私自身の経験からも、この価値観が日常生活にどのように影響を与えているかを実感することが多々あります。いくつか具体例を挙げてみたいと思います。
- 結婚後の退職:私の職場でも、結婚後に当然のように退職する女性が何人もいました。これは本人の意思というよりも、義理の母を中心とした結婚相手の家族の意向が強く影響していたようです。
- 弁当文化:インドでは、男性が家から弁当を持参するケースが、日本よりも多いと感じます。特にムンバイでは、**「ダッバーワーラー」**と呼ばれる弁当配送業が発達しています。これは、女性が家族の食事を準備するのが当然とされる文化の表れと言えるでしょう。
- 農村部の女性の生活:以前、インドの農村部の家庭を訪問した際、女性が外部の男性との接触を極力避けている姿を目にしました。私が訪問した家では、女性たちは布で顔を覆い、義理の父とすら一緒に食事を取らないという慣習がありました。さらに、夫はスマートフォンを持っているのに対し、女性は最低限の機能しかない携帯電話しか持たされていませんでした。
このような経験をすると、女性の社会的地位が制限されている現状に改めて気づかされます。
女性の高等教育への進学率
インドにおける女性の高等教育進学率は、過去数年間で着実に向上しています。2013年のデータでは、18~22歳の女性の高等教育就学率は23.06% でした。その後、2019~20年の全インド高等教育調査(AISHE) によれば、女性の高等教育入学者数は2015~16年からの5年間で18.2%増加 しました。さらに、2019~20年の高等教育における総入学率(Gross Enrolment Ratio: GER)は27.1% に達し、ジェンダーパリティ指数(GPI)は1.01 となっています。
**ジェンダーパリティ指数(GPI)**は、男女間の教育機会の平等性を測る指標であり、以下のように解釈されます。
- GPI = 1 → 完全なジェンダー平等(男女の教育機会が同等)
- GPI < 1 → 男性優位(男性の教育機会が女性よりも多い)
- GPI > 1 → 女性優位(女性の教育機会が男性よりも多い)
この数値から、インドでは女性の高等教育進学率が男性をわずかに上回っていることが分かります。これは、特に都市部において女性の教育へのアクセスが向上していることを反映していると考えられます。
高等教育総入学率(GER)の国際比較
インドの高等教育進学率は向上しているものの、他国と比較すると依然として低い水準にあります。以下の表は、2019~20年における各国の高等教育総入学率(GER)を示したものです。
国名 | 高等教育総入学率 (2019-2020) |
---|---|
インド | 27.1% |
日本 | 74.1% |
アメリカ | 44.9% |
イギリス | 69.3% |
ドイツ | 54.7% |
これらのデータから、インドの高等教育進学率は世界的に見るとまだ低い水準であることが分かります。しかし、特に女性の進学率の向上が顕著であり、今後の社会進出のさらなる発展が期待されます。
インドの女性リーダーたち
ここまでは、インドの女性の社会進出が遅れている、またそれが改善する兆しがあるという視点で書いてみました。一方で、冒頭のパイロットの例のように、社会進出が進んでいるという側面に触れてみたいと思います。少なくとも、「女性リーダー」については、日本より簡単に人の名前を挙げることが出来ます。以下に公民から何名か具体的な名前を挙げてみたいと思います。
ドラウパディ・ムルム(Droupadi Murmu)
まずは、この方をあげないわけにはいかないでしょう。インドの大統領です。インドの第15代大統領で、先住民族出身としては初の大統領です。
1979年から1983年まで、オリッサ州自治政府灌漑部門の職員として勤務、1994年から1997年までライランプル市の学校で教師としてヒンディー語、数学、地理を教えていた[3]。1997年にはライランプル議会の無所属評議員として選出された[4]。のちにインド人民党へ入党。2000年にはライランプル選挙区として議会選挙に出馬し、勝利。2期まで務めた。オリッサ州商業運輸省大臣、動物資源開発省大臣を歴任[5]。2015年には女性初のジャールカンド州知事となった。
出典: Wikipedia
日本だと、なかなかこの経歴で大統領(に近しい地位)になるイメージはできないような気がします。インドは、いい意味でも悪い意味でも民主主義が徹底されており、優秀で人をひきつけるカリスマ性がある人は、ちゃんと上に挙がっていくイメージです。
ママタ・バナルジー(Mamata Banerjee)
西ベンガル州首相。BJPに対抗する野党連合のキーパーソンであり、インドの政治の重要な局面で常に名前が挙がる存在です。
個人的に政治面での女性リーダーというと、この方の名前が一部先に思い浮かびます。彼女が州首相を務める西ベンガル州は、インドの政権与党であるBJPが、マジョリティを確保できていない州のひとつで、選挙時には常に注目されます。また、BJPに対抗する野党連合のキーパーソンであり、しばしば政局のキャスティングボートを握るような存在として注目されます。かつては、鉄道大臣、石炭大臣、鉱業大臣などを歴任して、2012年には、「タイム」誌の世界で最も影響力のある100人に選ばれています。
ニルマラ・シタラマン(Nirmala Sitharaman)
BJP所属のインドの経済学者・政治家で、2019年から財務大臣を務めています。それ以前には、2017年から2019年まで国防大臣を務めていました。フォーブスが選ぶ、2022年の”World’s 100 most powerful women”の第36位にランクされています。
ヒーナ・ナガラジャン(Hina Nagarajan)
民間企業からも一人挙げてみたいと思います。
酒類のグローバル企業であるディアジオ社のインド法人、ディアジオ・インディアのマネージングディレクター兼CEOを務める人物です。日本では、キリンやアサヒなどの大手酒類メーカーで女性が社長になるのは、果たしていつの未来でしょうか。
それ以前は、ガーナ、エチオピア、カメルーン、アンゴラ などを統括するアフリカ新興市場のマネージングディレクターとして活躍していました。ディアジオ入社以前の経歴も国際的で、イギリスを本拠地とするReckitt社の北アジア地域(中国、香港、台湾)のリージョナルディレクターを務めています。まさに、インド発のグローバル経営者といえるでしょう。
インドの女性リーダーといえば、最初に名前が挙がるのは元ペプシコのCEO、インドラ・ヌーイでしょう。もちろん、グローバル企業のほうが女性リーダーが誕生しやすいという側面もあります。その中で、この方が特に印象的なのは、インドラ・ヌーイのように海外の教育機関(イェール大学のビジネススクール)を経て国外企業でトップに立ったのではなく、インド国内の教育のみを受け、外資系企業ながらもインド法人のトップになったことです。また、YouTubeには多くのインタビュー動画があり、彼女が話すのは、まさにインド訛りの強い英語です。
さらに、インド企業の取締役に占める女性の割合は2020年時点で17.1% で、日本(8.8%)や中国(11.9%)を上回っています。こうしたデータからも、インドにおける民間企業での女性の社会進出が着実に進んでいることが分かります。
今後予測される変化
近年、この記事で述べてきたような女性観は、急速に変化しているように感じます。
例えば、私の実体験に基づく「結婚後の退職」に関しても、共働きが一般的になりつつあります。また、そもそも女性が社会に出て一定のキャリアを積んだ後に結婚するという考え方を持つ人が増えてきたように思います。「弁当文化」に関しても、それに伴い、既婚者であってもランチを外から注文する光景をよく見かけるようになりました。
多くの国では、途上国から先進国へと移行する過程で、都市化・核家族化・共働きの普及が進んできましたが、インドでも同様の変化が急速に進行しています。そして、こうした変化の中で最も重要な役割を果たすのが教育でしょう。今回見てきたように、高等教育を受ける女性が増えることで、社会の変化はさらに加速していくことが予測されます。