インドを訪れる理由がビジネスであれ、旅行であれ、まず抑えておく必要がある知識は宗教でしょう。インドにおいて、宗教は文字通り生活に溶け込んでおり、人々の生活は宗教中心と言っても過言ではありません。もちろん、信仰心の強さは人それぞれですし、容易に想像できるように、若年層ではそれほど宗教に熱心でない人が増えているように感じますが、それでもなお、宗教はインドを語る上では、必須知識といえます。
各宗教の詳細な解説については、詳しく解説している記事や本、またはWikipediaでも見ていただくとして、以下ではデータとファクトを中心に、加えて私の主観を交えつつ各宗教の特徴とインドにおける立ち位置など簡単に説明してみたいと思います。
インドの主要宗教は?
改めておさらいです。インド=ヒンドゥー教というイメージをお持ちの方が多いのではないかと思いますが、そのイメージは概ね正しく、実際に2011年に実施をされた国勢調査によると、国民の約80%をヒンドゥー教徒が占めています。次いでイスラム教14%で、残りの宗教の構成比は一桁代です。
Source: Census 2011
ヒンドゥー教(Hindu)
ヒンドゥー教は、古代インドのバラモン教とインドの各種の民族宗教・民間信仰が加わって成り立った宗教です。(その意味では、バラモン教=古代のヒンドゥー教です。)
ヒンドゥー教におけるキーワードの一つとして知られているカースト制度も、バラモン教が由来です。かつて隆盛を極めたバラモン教ですが、厳格なカースト制などすべての人にとってハッピーなものとはいえず、それに反発して、多くの新しい宗教や思想が生まれました。仏教やジャイナ教もそのころ生まれた宗教の一つです。これらの新しい宗教が登場し、信者を増やすと、バラモン教は劣勢に立たされ、一時は勢いを失うことになります。そこで、バラモン教は生き残るために、インド各地で信仰されている神様や神話をどんどん吸収していきました。その結果生まれたのがヒンドゥー教 です。
ヒンドゥー教において、特に重要なのは以下のポイントです。
- 多神教:上記で述べたような、ヒンドゥー教が他の宗教や神様を吸収していった過程に由来しています。とにかくたくさんいます。有名なのはシヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマー、クリシュナ、ガネーシャあたりでしょうか。これについてはいくつ詳しく書いてみたいと思います。例えばいいかわかりませんが、ヒンドゥー教徒は、個々人が推しメンならぬ、推し神という感じで異なる信仰しているイメージです。
- カースト:インドといえば!という感じですね。とてもここでは書ききれません。これもいつか詳しく書いてみたいと思います。
- 聖典がない:キリスト教における聖書やイスラム教におけるコーランなどはありません。その代わり、インドの神々が登場するドラマチックな神話があります。
- 菜食主義(ベジタリアン):通称「ベジ」「ノンベジ」もインドの理解する上で必須です。インドでは住民の40%がベジタリアンですが、もともとの起源はヒンドゥー教がベースになっています。基本的にカーストが上の人ほどベジタリアンが多い印象。また、カーストと同様に家系レベルでベジ・ノンベジが決めており、基本的には変更できません。
- 牛が神様:ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖な生き物。殺したり食べたりするのは厳禁です。シヴァ神の乗り物であったり、クリシュナが牛使いであったりと、ヒンドゥー教の神話の中で神様と一緒に描かれています。
イスラム教(Muslim)
インドのイスラム教徒は、人口構成では14%とそれほど大きくありませんが、人口規模では約1億7000万人超おり、インドネシアの約2億人、パキスタンの約1億8000万人につぐ、世界第3位です。
インドでは「ムガール料理」など、Mughlaiとつくものを目にする機会が少なくありませんが、これはムガール帝国に由来するものです。ムガール帝国は、300年近くも続いたイスラム王朝(1526年-1858年)であったことから、現在もイスラム教の影響は小さくありません。観光客が多く訪れる史跡、レッドフォート(ラールキラー)、フマユーントム、タージマハル・アーグラフォートなどは、全てこの時代のものです。
キリスト教(Christian)
最古の記録では、キリスト教は紀元52年にインド南部にもたらされたと伝えられています。そのような歴史もあり、現在でも南部のゴアやケララ州ではキリスト教が比較的多くなっています。ゴアはかつてはポルトガル領であり、その後はヒッピーの聖地として、また現在はインド屈指のリゾート地として有名ですが、市内には立派な教会が複数存在し、1986年に「ゴアの教会群と修道院群」として、ユネスコ世界遺産に登録されています。
また、インド×キリスト教といえば、マザー・テレサの名前を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。現在の北マケドニア共和国(旧ユーゴスラヴィア)で生まれたマザー・テレサは、東部コルカタを拠点に慈善活動を展開し、ノーベル平和賞を受賞するなど、今なお人々の記憶に残る存在です。
なお、私は個人的にインド人キリスト教徒の結婚式に参加したことがありますが、結婚式はどこにでもあるインド流でした。
シーク教(Sikh)
日本におけるインド人のステレオタイプ=ターバンを巻いたインド人がシーク教徒。名前にSinghがついていたら、シーク教徒です。
本当に個人的な感想ですが、一言でいうと「大好き」です。まじめで優秀な人が多い印象で、一般的なインド人と比較すると話がかみ合います。また、特に旅行においては、インドはとてもタフな国ですが、その理由の一つはいわゆる「ぼったくり」など、騙されることが多いことではないでしょうか。個人的にはシーク教の人からそのような目にあったことはありません。もちろん、絶対数が少ないこと、そういった職に就いている人が少ないことは要因ではありますが、それでもシーク教の人がドライバーだったりすると、緊張感が和らぎ、束の間のリラックス気分が味わえます。(ただし、ビジネス上の付き合いだと、押しが強くて、価格交渉で苦労することも多いです。)
基本的には北部で多く見られる宗教で、バンガロールなど南部ではあまりターバン姿の人は見ません。ビジネスで成功している人も多く、平均所得が高い傾向で、人口のわりに存在感が大きい印象。
なお、シーク教徒でも必ずしもターバンをかぶっているわけでもなく、お寺に置くときだけバンダナのように布で髪の毛を隠す、隠れ(?)シーク教徒も結構います。
仏教(Buddhist)
正直、仏教徒はとてもレアです。街中で、ごくまれに仏教寺院をみかけますが、5年近く住んでいるにも関わらず、これまで一人も仏教徒と知り合ったことがありません。(ラダック地方とチベット人コロニーなどは除く。)
仏教自体がインドで生まれたのは紛れもない事実ですし、紀元前の数世紀にわたり繁栄し続けたものの、その後は徐々に衰退し、現在ではわずかに1%未満を占めるのみです。また、ヒンドゥー教徒にとっては、ブッダ自体がヒンドゥー教の神様の一人とみなされてるほどです。
あと、日本人として知っておいて損がないのは、佐々井秀嶺という日本人の名前でしょうか(正確には、1988年にはインド国籍を取得)。若くしてインドにわたり、最終的にインドの全仏教徒の代表(日本人としてではなくインド人として)公職につかれていたこともあります。
ジャイナ教(Jain)
キーワードは苦行・禁欲主義で、戒律の厳しさが特徴。殺生が厳禁となっており、僧侶に至っては、虫を吸い込むことを防ぐため口と鼻を白い布のマスクで覆い、歩く際には地面の虫をほうきで払いのけながら進むという徹底ぶり。一般信者も菜食で、根菜類は食べません。
多くの人がビジネス、特に宝石や貴金属関連の仕事をしており、裕福層が多く、しかも熱心に寄付をするので、ジャイナ教の寺院は立派なものが多いことも特徴です。
ムンバイに比較的信者が多く、ファミリーネームがJainなので、信者は簡単に判別可能です。
エリア別の違いは?
13億超の人口と日本の約9倍の広大な国土を要するインド、当然宗教の分布にもエリア差があります。以下の表は、直近の国政調査がおおなわれた2011年時点に存在した 27 の州と、8つの連邦直轄領のうち、ヒンドゥー教以外の宗教が多数派を占めるエリアの一覧です。
インドの地方行政区画
2020年現在では、2011年の35から2つ増え、37存在する。これは、2014年6月にアンドラ・プラデーシュ州の北部が分離、テランガナ州が創設されたこと、2019年10月にジャンムー・カシミール州がラダック連邦直轄領とジャンムー・カシミール連邦直轄領に分割されたことによる。
Total Population | Majority | % | |
Lakshadweep | 64,473 | Muslim | 96.6 |
Jammu and Kashmir | 12,541,302 | Muslim | 68.3 |
Nagaland | 1,978,502 | Christian | 87.9 |
Mizoram | 1,097,206 | Christian | 87.2 |
Meghalaya | 2,966,889 | Christian | 74.6 |
Arunachal Pradesh | 1,383,727 | Christian | 30.3 |
Punjab | 27,743,338 | Sikh | 57.7 |
イスラム教が多数派を占めるエリア
Lakshadweek(ラクシャドウィープ)は、ケララ州沖に浮かぶ 島々で、人口はわずか6万人超、一般に開放されている島はほとんどなく、訪問にも許可証が必要ということで、ほぼ無視していいと思います。
Jammu and Kashmir(ジャンムー・カシミール州)は、インドの北方のパキスタンと中国に国境を接数する山岳地帯を中心とした州でです。第二次世界大戦後にイギリス領インド帝国が解体されて以来、インドとパキスタンが領有を主張し、これまで大小の軍事衝突を繰り返してきたエリアで、宗教のみならず、州の公用語はパキスタンの国語と同じウルドゥー語です。
このような背景から、かつては特別自治権が認められてきたのですが、政府は2019年にこの特別自治権を剥奪し、ジャンムー・カシミール州は廃止され、ラダック連邦直轄領とジャンムー・カシミール連邦直轄領とに分割されました。
さらに域内をいくつかの地域に分解してみると、イスラム教徒が大多数を占めるカシミール地域、ヒンドゥー教徒が過半数を占めるジャンムー地域、仏教徒とイスラム教徒がほぼ半数ずつをしめるラダック地域と、一様ではありません。最近ではラダック地方で中国との間で国境紛争が発生しましたが、このような民族・宗教が入り乱れるエリアであることも領土紛争が頻発する理由の一つといえそうです。
また、いつか詳しく書きたいとも思いますが、観光として訪れるのには本当に素晴らしい場所です。
キリスト教が多数派を占めるエリア
キリスト教徒が多数派である4つの州は、いずれもインド人の間で「セブン・シスター」と呼ばれる、東北部に位置する7つの州の一部です。インド全体では2%に満たないキリスト教徒ですが、この地域に限定すれば、キリスト教徒が人口の20%を占めます。
セブン・シスターズ
インド東北部に位置する7つの州の通称・呼称。州や民族ごとに言語が異なり、生活習慣や伝統はその他のインドとは大きく異なっている。外見的にも、ビルマ系・チベット系など、日本人にも通ずる印象で、インドというよりは東南アジアの一部ととらえた方がしっくりくる。なお、開発が遅れており、経済的にも貧しく、都市部への出稼ぎ者も多い。そのせいもあり、インド人が「セブン・シスターズ」という言葉を使う際には、言葉の中に下に見るようなニュアンスを感じることがある。
この地域は、歴史的にヒンドゥー文化圏ではなく、もともとは土着の信仰が主流だったのですが、イギリス植民地時代にキリスト教の宣教師が盛んに布教を行い、キリスト教が広まりました。
シーク教が多数派を占めるエリア
シーク教徒が人口の半数以上を占めるのが、北部のパンジャブ州(Punjab)です。この州に位置する、アムリトサルはシーク教の聖地であるゴールデンテンプルがある都市として有名である。
まとめ
以上、簡単にインドの主要宗教をまとめてみました。個々の宗教をキーワードを理解していただき、ビジネス・観光にお役立てください。
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